【創作】《短編》キスと呪い[5/23はキスの日]
「鞍冨、お前も好きな奴いんだろ?」
って聞いた時には、それはもうドキッとして、胸がきゅうっとなったけど、その後すぐに中瀬君が「鞍冨は汐井。聞くまでもないだろ?」と尋ねると、私は聞いちゃいけない場所に居合わせてしまったと気付かされた。
「バ、バカ、そんなわけないだろ。俺が好きなのはもっと美人だ。寺澤とか、ああいう感じだな。あ、寺澤じゃないからな。あいつそもそも彼氏いるし」
私からしたらとても軽いとは言えない死刑宣告。
足元がなくなったような気持ちがして、それからどうやって無事に家に帰れたのか、何か奇跡でも起きたんじゃないかと思う。
ずっと一緒にいて、誰より分かってあげてて、一番近くにいたはずなのに、篤毅の心には隙間があったみたいで、影も形も見えないその誰かに、私の好きな人の心は奪われてしまった。
それはもう酷い感情に見舞われて、篤毅のために意識していたあれこれが全部ゆるゆるになって、気付いた時には男子的には完全なデブにまで陥った。
いけないと分かってるのに、篤毅の振る舞いの全部がイライラして、おかげでやけ食いが止まらない。
それを見て「文月は本当ゴリラだよな。何があったらそんな食えるんだよ」なんて暴言を吐くなんて。
早々にフラれてしまえ、そう呪ってから、すぐに悲しくなる。
どんなに辛くても、悲しくても、私は篤毅のことが愛おしい。
幸せに笑っててほしい。
神様は意地悪だ。
人が夢を見るのは、神様がいるから。
眠っている時だけならまだしも、夢みたいな光景を唐突に見せて、悩める人間が戸惑うのを見て楽しむんだ。
もう恋心なんて捨ててしまおう、そう決めて、最初で最後のデートにしようとしたのに。
どれだけ仕掛けても微動だにしない篤毅を見せられて、このまま家に帰ったら泣き疲れようと、ようやく心を固められた刹那――
茜差す日の照らす列車の中に、私と篤毅、二人。
誰もいない。
慣れない列車の揺れのせいか、篤毅は眠っている。
こんなの。
酷いよ。
最後の最後に、思い出を一つくれる、って。
そういうことみたい。
こんな奴なのに。
こんな奴なのに、篤毅はかっこいいから。
好きになったその人も、きっと篤毅を好きになるよ。
そうしたらこの唇も、その人のもの。
美人なんだよね。寺澤さんみたいなんだよね。
それなら私、敵うわけないよ。
だからかな。
許された、一度限りのキス。
でも、それは篤毅の記憶には、刻まれない。
私だけが知っていて、私だけが覚えていて、私だけが忘れられない、独りよがりのキス。
それで篤毅は幸せになれるの?
そう思うと、出来るわけが――
「次は――」
唇と、唇。
触れても。
何も無くて。
ただただ悲しくて。
泣いている私を、何故か篤毅は抱きしめていて。
「篤毅……?」
「なっ、あ、あの、な、文月……いきなり、キ、キスとかするのは……いや……嫌とかじゃ、ないんだけどな……」
ぼろぼろ。
ぼろぼろとこぼれて、私は何を、
「言った」
言っているかも分からず、
「篤毅、言った……好きな人がいるって言った。……ぐすっ、言ったもん……寺澤さんみたいな美人だって言った……」
ただただもう、涙と言葉が溢れるがまま。
「お前……あれ聞いてたのか……。あのな、あれは何て言うか、流れって言うか、認めんのハズくて、適当に言った話で……俺はずっと、お前のことが好きだった……って、感じなんだよ……」
「嘘、嘘だ。篤毅、そんな素振り、全然見せなかった!」
「ふ、普通幼なじみ好きになって、恋愛的に好きになったとかストレートに表現出来ないだろ」
「私から散々アピールしたのに、それでも全部無視したのは?」
「そ、そういう感じでおちょくってんのかな、って。俺がその気になったら、ドッキリでしたー、的な……。お前、そういうのしそうだし」
「バカ、篤毅の、篤毅のバカ……そのせいで私、私……!」
私は思わず篤毅の胸に顔を埋めて、肩をぽこぽこと叩いていた。
「返せ、私のファーストキス、返して」
思いっきり睨んでやる。いっそ呪われてしまえ。
「は?」
「こんな状況で仕方なしにするようなキスじゃなかった。もっとちゃんと、ちゃんと、恋人になって、ちゃんとするつもりだった!」
「いや、お前が勝手に!」
「返せ、もう、ちゃんとさせろ!」
そう言って私は篤毅にキスをした。
今度はちゃんと、幸せになるために。
それから、呪いをかけるために。
私を傷付けるバカな篤毅には、もうならないように、って。
*
5/23はキスの日なんですって。
なんでかは知りません。でもキスの日なんですって。
乗っかるつもりは全く無かったんですが、私の作品でキスをテーマに書いたものが見たい、とリクエストをいただいたので書くことにしました。
日頃はバッドエンドが多いですが、今日は機嫌が良かったのでハッピーエンドにしてやりました。