創ることをやめたら
創ることをやめたら、きっと私は楽になれる。
美味しいものを食べて、楽しいことをして、知らない所へ出かけて。
創ること以外に全力になれたら、私はきっと幸せになれる。
でも、それが私でないことを、私は誰より知っている。
好きから始まった日々。
これが私の人生だ、そう言えるくらい、創ることと一緒に生きてきた。
でもいつからか、そこに誰かがいてほしくなった。
私の創ったそれを食べて。そう思うようになった。
身勝手な心が愛されたいと願うように、私は次から次へと創っては、それが三つ星レストランの料理みたいに喜ばれるのを望んだ。
私の知る誰もが、一つ星だってもらえないのに。
夢を抱くことが、現代に生きる上で求められて。
夢を叶えることが、現代に生きる上でもてはやされて。
夢に刺されて、刺されて、刺されて、刺されて、刺されて。
めった刺しの心は、「創ることをやめたら」なんて書いてみる。
苦しいよ。
夢を追う私の頸を、現実に生きる私が絞める。
現実に生きようとする私の頸を、幼心を忘れない私が絞める。
好きから始まったのに。
好きから始まったのに。
苦しいよ。苦しいよ苦しいよ苦しいよ。
絞り出した言葉が、書き出すのは劣等感、敗北感。
ねえ、こんな料理、美味しくないよね。
食べてくれる人に申し訳なくて、私に顔向け出来なくて、心に正直なことも誇れない。
才能とセンス。
私には無いよ。
苦しいよ。
それなのに、この手は言葉を紡ぎ出すよ。
私、創ることが好きだよ。
今でも、好きだよ。
大好きだよ。
だから、創ることをやめたら、それは、仮定にしか出来ない。
創ることをやめれない。
私はこれからも苦しむ。
小説家になろうがアクセス超過でアクセス出来ないので、ここに残します。後で上げますが、この気持ちは、今誰かに伝わってほしいから。